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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)740号 判決 1984年7月25日

昭和五三年(ネ)第八二四号事件(以下「甲事件」という。)、昭和五七年(ネ)第七四〇号事件(以下「乙事件」という。)控訴人 杉山与吉(以下「控訴人」という。)

右訴訟代理人弁護士 三宅東一

甲、乙両事件被控訴人 佐藤一男(以下「被控訴人」という。)

右訴訟代理人弁護士 渡辺正造

主文

一  控訴人の甲、乙両事件についての各控訴を棄却する。

ただし、原審昭和五三年(ワ)第一五五号事件の判決主文第一項は、請求の減縮により次のとおり変更された。「控訴人は被控訴人に対し、金五五万二四六〇円及びこれに対する昭和五三年六月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」

二  控訴費用は甲、乙両事件を通じて控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  甲事件

1  控訴人

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は控訴人に対し、金二三六万二〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年五月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

二  乙事件

1  控訴人

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

なお、本判決主文第一項ただし書きのとおり請求を減縮する。

第二当事者の主張

一  甲事件

1  控訴人の請求原因

(一) 控訴人・被控訴人間に昭和四六年一一月末ころ、控訴人を注文者とし、ホブ盤一台(以下「本件ホブ盤」という。)の加工・組立てを目的として、完成期限を昭和四七年二月末日とし、加工賃は完成後に支払うとの約定で請負契約(以下「本件契約」という。)が成立した。

(二) その後、右完成期限は、控訴人・被控訴人間の合意により昭和四七年九月末日まで延期された。

(三) 控訴人は、本件ホブ盤の加工・組立てに必要なものとして、左記(1)ないし(3)の材料を被控訴人に供給し、かつ、被控訴人が部品の一部の組立てを外注先に依頼したことにより負担した同(4)ないし(13)の外注費を右外注先に支払った。

(1)鋳物(木型を含む) 五〇万円相当分

(2)砲金 一七万円相当分

(3)鋼材 六万七〇〇〇円相当分

(4)マスター加工仕上代 五二万円

(5)マスターオーム加工代 二〇万円

(6)鋳物加工代 五万円

(7)鋼材加工代 一二万円

(8)プロチスプライン加工代 三七万円

(9)オーム加工代 一七万円

(10)歯切焼入 七万五〇〇〇円

(11)研磨代 三万円

(12)目切り代 二万円

(13)砲金加工代 七万円

(合計二三六万二〇〇〇円)

(四) しかるに、被控訴人は、約定の期限までに本件ホブ盤の加工・組立てを完成しなかった。

(五) そこで、控訴人は、昭和四七年一〇月初めころ、被控訴人に対し、一週間以内に本件ホブ盤の加工・組立てを完成してこれを引き渡すよう催告し、右期間内に完成・引渡しをしないときは債務不履行を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(六) よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件契約解除に基づく原状回復請求として、前記(三)の材料費・外注費合計二三六万二〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年五月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被控訴人の認否

請求原因(一)、(二)、(四)の各事実は認める。

同(三)のうち、控訴人が被控訴人に対し、鋳物(ただし、木型を含まない。)、砲金、鋼材の各一部を供給したことは認めるが、その相当価額及びその余の事実は否認する。

同(五)の事実は否認する。

3  被控訴人の抗弁

(一) 本件契約には、(1)控訴人は、被控訴人に対し、昭和四七年一月初めころまでに、本件ホブ盤の加工・組立てに必要な鋳物、砲金、鋼材、モーター、スイッチ、ベアリング、給油装置、ビス、ボルトその他一切の材料、部品を供給すること、(2)被控訴人が部品の一部の組立てを外注先に依頼した場合の外注費は、右外注先から請求のある都度控訴人が直接支払をすること、との約定があった。

(二) ところが、控訴人は、右約定に反して、被控訴人に対し、昭和四七年七月ころまでに、鋳物、砲金、鋼材の各一部とプロチスプラインを供給したのみで必要な材料、部品を十分に供給せず、また、被控訴人が依頼した外注先に対する外注費の支払を怠った。そのため、被控訴人は約定の期限までに本件ホブ盤の加工・組立てを完成することができなかった。

(三) よって、被控訴人には、右加工・組立てを完成すべき債務を履行しないことについて責に帰すべき事由がないから、控訴人主張の本件契約の解除は効力を生じない。

4  抗弁に対する控訴人の認否

抗弁(一)のうち、控訴人が鋳物、砲金、鋼材を供給する約定であったことは認めるが、その余の事実は否認する。モーター、スイッチ、ベアリング、給油装置、ビス、ボルト等は組立て完成後に必要となるものであるから、これらを被控訴人に供給する約定はなかった。

同(二)の事実は否認する。控訴人は、必要な材料をすべて被控訴人に供給し、必要な外注費の支払をした。

同(三)は争う。

二  乙事件

1  被控訴人の請求原因

(一) 被控訴人は、昭和四六年一一月末ころ、控訴人との間に本件契約を締結した。

(二) 被控訴人は、本件契約に基づき昭和四七年九月まで本件ホブ盤の加工・組立ての作業を行い、控訴人に対し合計四二万八九一〇円の加工賃債権を有する。

(三) 本件契約には、外注費の支払について前記一、3、(一)、(2)のとおりの約定があったところ、被控訴人は、控訴人が支払をしないため、左記(1)ないし(8)のとおり外注先に合計一一万七五五〇円を立替払した。

外注先 立替日(昭和四七年) 立替金額

(1)渡義工業所 三月四日 六〇〇円

(2)野口製作所 三月一〇日 二七五〇円

(3)大石鉄工所 三月七日 三万円

同 七月一〇日 一万八五〇〇円

(4)越製作所 三月一〇日 八五五〇円

(5)岩間製作所 三月一〇日 一万円

同 四月二〇日 二万円

同 五月二八日 六一五〇円

(6)大井鉄工所 四月五日 五〇〇〇円

同 五月一〇日 二〇〇〇円

同 六月一〇日 三五〇〇円

(7)小林鉄工所 八月二〇日 五〇〇〇円

(8)西村工具 四月一〇日 五五〇〇円

(四) また、被控訴人は、昭和四六年一二月一〇日、控訴人の使用人である能勢清松が本件ホブ盤の加工・組立ての作業に従事するため被控訴人方に通勤するのに要する交通費六〇〇〇円を、控訴人の依頼により能勢に対し立替払した。

(五) よって、被控訴人は控訴人に対し、右(二)ないし(四)の合計五五万二四六〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年六月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因(一)、(四)の各事実は認める。

同(二)、(三)の各事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

第一  甲事件について

一  請求原因(一)、(二)、(四)の各事実、すなわち、控訴人・被控訴人間に昭和四六年一一月末ころ本件ホブ盤の加工・組立てを目的として、完成期限を昭和四七年二月末日とし、加工賃は完成後に支払うとの約定で本件契約が成立し、その後右完成期限が同年九月末日まで延期されたが、被控訴人が右期限までに加工・組立てを完成しなかったことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人には、右加工、組立てを完成すべき債務を履行しないことにつき責に帰すべき事由がない旨の被控訴人の抗弁について判断する。

《証拠省略》をあわせれば、以下の事実を認めることができる。

1  控訴人は、昭和四五年三月ころ訴外木村武治との間にホブ盤(歯車の歯を切る工作機械)の加工・組立てを目的として本件契約と同様の内容の請負契約を締結したが、資金不足が原因で右訴外人に対し必要な材料、部品を十分に供給することができず、また、加工賃の支払を滞らせたため、昭和四六年一〇月末ころ右訴外人から仕事の継続を拒否された。そこで、控訴人は、青山製作所の名称で機械の加工・組立業を営む被控訴人にあらためてホブ盤の加工・組立てを請け負わせることとし、前判示のとおり同年一一月末ころ本件契約の締結に至った。

2  本件契約には、(1)控訴人は、被控訴人に対し、作業の進行状況に応じて本件ホブ盤の加工・組立てに必要な鋳物、砲金、鋼材、モーター、スイッチ、ベアリング、給油装置、ビス、ボルトその他一切の材料、部品を供給すること(右のうち、控訴人が鋳物、砲金、鋼材を供給する約定であったことは、当事者間に争いがない。)、(2)被控訴人が部品の一部の組立てを外注先に依頼した場合の外注費は、外注先から請求書が出された月の翌月五日に控訴人が直接外注先に支払をすること、との約定があった。

3  ところが、控訴人は、訴外木村の場合と同様、資金不足のため、被控訴人が仕事に着手した当初から被控訴人に材料、部品を十分に供給することができず、被控訴人の度重なる催促にもかかわらず、前記2、(1)の約定に反して昭和四七年一月初めの時点において鋳物、砲金、鋼材等の材料を必要量の二割程度しか供給しなかった。そのため、前判示のとおり当初定められた完成期限(同年二月末日)の延期がなされたが、延期された完成期限の同年九月末日当時においても、前記材料は必要量の八割程度が供給されたものの、その余は依然として供給されず、しかも、材料以外のモーター、スイッチ、ベアリング、給油装置等の部品はほとんど供給されていなかった。加えて、控訴人が前記2、(2)の約定に反し外注先への支払の一部を滞らせたため、被控訴人としては仕事の円滑な進行を図る必要上これを一部立替払せざるをえないこととなり、右立替払は更に増加することが見込まれる状況であった。このような事情から被控訴人は、技術的には格別の困難はなかったが、完成期限の同年九月末日になっても本件ホブ盤の加工・組立てを完成することができず、そのころ控訴人に対し、材料、部品の供給と外注先に対する支払の履行を強く催促したところ、控訴人は、同年一〇月に至り被控訴人がいわれなく右加工・組立てを完成すべき債務を履行しないとして、口頭で本件契約を解除する旨の意思表示をし、昭和四八年四月甲事件の訴えを提起した。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

三  右に認定したところによれば、被控訴人が約定の期限までに本件ホブ盤の加工・組立てを完成すべき債務を履行することができなかったのは、専ら、控訴人が前認定の約定に反して、右加工・組立てに必要な材料、部品を被控訴人に十分に供給せず、かつ、外注先に対する外注費の支払を一部滞らせたことによるものであり、被控訴人には右不履行につき責められるべき事由はないというべきである。

そうすると、被控訴人の前記抗弁は理由があり、前記二、3認定のとおり控訴人が被控訴人の債務不履行を理由としてなした本件契約を解除する旨の意思表示は、その効力を生ずるに由ないものであり、したがって、右解除が有効であることを前提として、被控訴人に対し原状回復を求める控訴人の甲事件請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がないものとして、これを棄却すべきである。

のみならず、《証拠省略》によれば、本件ホブ盤は未完成のまま被控訴人が現在もこれを保管していることが認められるところ、前認定のとおり不十分であったとはいえ加工・組立てに必要な材料は控訴人の供給にかかるものであるから、右未完成の本件ホブ盤は控訴人の所有に属するものというべきである。そうとすれば、控訴人としては、請負契約である本件契約の解除に基づく原状回復請求としては、被控訴人に対し、仕事の目的物である未完成の本件ホブ盤の返還・引渡しを求めるべき筋合いであって、特段の事情の認められない本件においては、請求原因(三)で主張するような、被控訴人に供給した材料の相当価額ないし外注先に支払った外注費の支払を被控訴人に求めることはできないものと解するのが相当である。よって、いずれにしても控訴人の甲事件請求は理由がない。

第二  乙事件について

一  まず、加工賃の請求について判断するに、控訴人・被控訴人間に本件契約が締結されたことは、前判示のとおりであるところ、《証拠省略》をあわせれば、被控訴人は、本件契約締結後昭和四七年九月までの間、本件ホブ盤の加工・組立ての作業を行い、その間の加工賃を通常の賃金相場に従って計算すると、合計四二万八九一〇円となることが認められ(る。)《証拠判断省略》

ところで、本件契約は請負契約であり、加工賃は完成後に支払うこととされていたことは前判示のとおりであるが、《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和四七年九月末ころの時点において約八割程度まで本件ホブ盤の加工・組立てを終えており、本件ホブ盤は、右時点においては、さらに必要な材料、部品を加えて作業を続行すれば本来の機能を有するものとして完成させることができた状態にあり、控訴人にとっても未完成ながらそれ相応の価値を有するものであったことが認められ(《証拠判断省略》)、加えて、前認定のとおり控訴人は、その後被控訴人の責に帰すべき事由がないにもかかわらずこれがあるとして、一方的に本件契約を解除したと称し、甲事件の訴えを提起して現在に至っているのであり、このような本件の事実関係の下においては、被控訴人は、本件ホブ盤の未完成にもかかわらず、右認定の加工賃を控訴人に対して請求することができるものと解するのが相当である。

二  次に、立替金の請求について判断するに、本件契約には、外注費の支払について前記第一、二、2の(2)のとおりの約定があったものであるところ、《証拠省略》によれば、被控訴人は、控訴人が支払をしないため、請求原因(三)の(1)ないし(8)のとおり外注先に合計一一万七五五〇円を立替払したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

また、被控訴人が請求原因(四)のとおり控訴人の依頼により能勢清松の交通費六〇〇〇円を同人に立替払したことは、当事者間に争いがない。

そうすると、被控訴人は、以上の立替払により、控訴人に対し、合計一二万三五五〇円の求償債権を有するものというべきである。

三  よって、控訴人に対し、右一の加工賃債権及び右二の求償債権の合計五五万二四六〇円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年六月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の乙事件請求は、すべて理由があるものとしてこれを認容すべきである。

第三  以上の次第であって、控訴人の甲事件請求を棄却した同事件原判決は相当であり、また、被控訴人の乙事件請求を認容した同事件原判決も相当であって、控訴人の本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、なお、乙事件原判決主文第一項は被控訴人による請求の減縮により本判決主文第一項ただし書きのとおり変更されたので、その旨を明らかにし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 仙田富士夫 河本誠之)

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